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サウナは第3の居場所?「サウナで救われた」人が多い理由

サウナコラム

「サウナに救われた」サウナの魅力をこう語る人は少なくありません。単に汗をかいてリフレッシュやリラックスを感じる場所である以上に、家でも職場でもない“第3の居場所”として、サウナに価値を見出している人も多いのではないでしょうか。なぜサウナという場所はこれほどに、多くの人を癒すのでしょうか。その理由を考えてみました。

目次

1.ポイントは「解放」?サウナが現代人の癒しになる理由

1.ポイントは「解放」?サウナが現代人の癒しになる理由

「サウナに救われた」と語る人の背景には、なにかしらの「解放」が隠されているのではないか、と筆者は考えています。

そこでここでは、「温熱効果」や「温冷交代浴」によってえられるリラックスやリフレッシュ以外に、サウナが現代人の癒しになる理由について考えてみました!

①デジタルデトックスによる「情報」からの解放

家でも職場でも移動中でも、手放せなくなった「スマホ」。

とても便利になった一方で、連絡チェック・返信にすばやさが求められたり、休日でもだらだらスマホを見て過ごしてしまったりと、心身の健康にとっていいことばかりではないのも事実です。

サウナという場所は、そんな「情報」から強制的に離れられる場所でもあります。

浴室やサウナは、盗撮や火災防止の関係でスマホなどの電子機器の持ち込みNGが基本です。

サウナに入る時間だけは、スマホから強制的に離れることができ、情報から少し距離を置くことができるんですよね。

日常のこうした時間を「癒し」を感じている人は多いのではないでしょうか。

②自分時間による「役割」からの解放

社会の中を生きている私たちにはそれぞれ、「役割」のようなものがあると思います。

職場では、上司や後輩との板挟みの「中間管理職」、家では、小さなお子さんを持つ「父親」……こんなふうに、日々なにかしらの役割を全うしている時間は想像以上に長いはずです。

そう考えると、「ほかの誰でもない自分」という時間を過ごせる人はそれほど多くないのではないでしょうか。

サウナでは、そんな周囲から求められる「役割」から離れる時間でもあると思います。とくに公共サウナでは、誰かと一緒に過ごす安心感を感じつつも、必要以上な役割を求められない安堵感も味わえる場所です。

ただただ、サウナや水風呂に入り、ゆっくりとリラックスする。そんな時間に癒しと救いを感じている人は少なくないのではないでしょうか。

裸になることで「窮屈さ」からの解放

「サウナはみな平等」

これは、サウナ界隈でよく聞く言葉のひとつです。

洋服を脱いで裸になれば、社会的な地位や名誉も関係ない、ただの人。サウナという文化の心の広さみたいなものを感じられて、筆者はこの言葉がとても好きです。

裸になって、知らない誰かと同じ時間と場所を共有する。そういう場が苦手という人もいますが、一方で、人と人とで生まれるコミュニケーションや“あたたかさ”があるのも事実です。

「仕事後のサウナで一緒になったあの人、もしかすると自分と同じように会社で嫌なことがあってサウナに入りにきたのかな」

「気持ちよさそうに外気浴を楽しむあの人、もしかするとひとりの時間を満喫するのは久しぶりなのかな」

同じ場所と時間を共有するもの同士で、ちょっとした絆みたいなものが生まれたりもします。人間関係に悩んでいる人ほど、サウナという平等な世界に癒しを感じるのかもしれませんね。

2.サウナの頻度が高い人ほど「サウナに救われた」と実感している

2.サウナの頻度が高い人ほど「サウナに救われた」と実感している

「サウナに救われた」という言葉は、どこか感覚的で、個人的な表現にも聞こえます。

では実際に、どれくらいの人がサウナに対して「救われた」「支えになっている」と感じているのでしょうか?

2019年4月に組閣された企業連合「JAPAN SAUNA-BU ALLIANCE」が公表したアンケート調査によれば、サウナを週1回以上利用している人の85%はサウナに“救われている”と感じており、サウナの利用頻度が高い人ほど、サウナに“救い”を感じる傾向にあるという結果が出たといいます。

この結果から、日常的にサウナを利用している人の中には、単なるリフレッシュや趣味の域を超え、「心身の支え」「生活に欠かせないもの」としてサウナを捉えている人も少なくないということがわかります。

「サウナに救われた」と感じる人が一定数存在するのは、サウナに通うことで「自分自身を取り戻せた」と感じる人が多いとも言い換えられるかもしれません。

 


参考:JSA,20~50代のビジネスパーソンに対し、日常生活とサウナに関するインターネット調査_(2020.03.07)

3.家でも職場でもない「第3の場所」としてのサウナ

3.家でも職場でもない「第3の場所」としてのサウナ

以前、サウナの魅力をこう語る人に出会いました。

「家にも職場にもどこか居心地が悪い時期があった。もしもあの時“サウナ”がなかったらどうなっていたかわからない」

サウナ施設という場所そのものが救いであり、精神的な安定剤でもあったそうです。

筆者はこの話を聞いて、ある人物を思い出しました。ドラマ『サ道』の第10話『天空のアジトで男泣きにととのう』に登場したつるぴかさんです!

つるぴかさんは、とある会社で営業課長を務めるサラリーマン。会社にも家にも居場所がなく孤独を感じていた彼がある日の仕事終わりとある都内のサウナに向かいます。

サウナに入ると徐々に内なる感情が爆発し、次第には男泣き…。そんな姿は多くの共感を呼び「涙なしではみられない」とう声もあったほどでした。

アウフグース後にベランダで休憩をするシーンでは、次第に日常への感謝が生まれるも描かれていました。

孤独を感じ、涙を流していた大人が、サウナによって心がほぐされている…。サウナにはここまでのデトックス効果があるものか…と驚いた人もいたはずです。

ラストには、とあるサウナ施設で「サウナ仲間」と出会い、孤独感から少し解放されたようなシーンも印象的でした。紛れもなく、つるぴかさんにとってのサウナが、家でも職場でもない“第3の居場所”になった瞬間だなと。

現実に疲れ、どこに居ても心が落ち着かない。

「サウナによって救われた」と語る人たちは、もしかするとつるぴかさんのように、自分が自分でいられるためのサードプレイスを求めていたのかも…そんなふうに感じたドラマのシーンでした。

4.現代人を救う「サウナ」の存在意義

4.現代人を救う「サウナ」の存在意義

「サウナに救われた」サウナの魅力をそう語る方々の背景を、筆者なりに考えてみました。

ストレス社会と言われる現代において、サウナという存在は、日々の活力を作る場所でもあり、癒しでもあり、救いでもある…。人によってそれぞれですが、今日もきっとサウナによって救われている人がいるはず。

窮屈さを感じている方、他人から求められる役割に疲れている方、そんな方はぜひサウナで日常からの「解放」を味わってみてください。

この記事を書いた人
ライター・はせがわみき
はせがわみきhttps://twitter.com/hamigaki_write
フリーランスライター・社会人になりたての頃、会社の先輩からすすめられた「サ道」を読んだことがきっかけでサウナへどっぷりはまる。サウナは歴8年。サウナスパ健康アドバイザー資格保持。好きが高じて、現在はサウナ施設・銭湯への取材・レポート記事をメインに手がける。好きなサウナは中温・高湿度。好きな水風呂は、ぬるめの18度。
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